からかうキキョウさん

思いのほか、楽しくなってきた。

喉の奥で、くっくっ、と笑いがこみ上げてくる。扇を開いて口元を隠したが、声でばればれだろう。そんなオレの様子に、目が笑っていないパティシエの青年の笑顔が、ますます歪んだ気がした。

「あああっ、すみませんキキョウさん! 私すぐどけますから!」

傍らで、責任者の女性があたふたと焦った表情をしている。女の細い手は、未だにオレのはだけた胸に置かれたままだ。

「まるで、恋人に修羅場を見られたような顔だな?」

そうからかってやれば、女性はますます顔を真っ赤にするし、青年はもう苛立ちを隠しきれない様子だ。二人の温度差がひどくて、ついにこらえきれない笑い声をあげてしまった。

***

昼寝に最適な場所だった。
桜が有名なこの地方は、気温も穏やかで過ごしやすい。風情のある文化も気に入っている。身にまとった着物も元はここの文化が発祥だ。昼のあたたかな空気が、オレの眠気をますます誘ってくる。

観光客に用意した山車も、この場所では珍しいものではない。観光客が居ない隙に、オレは山車に乗り込んだ。段差で転ばないように気を付けながら、入り口にかかったスダレを持ち上げてくぐり抜ける。大きめの山車は、人間一人ぐらいなら余裕で入れる空間がある。
スダレが掛かった小さな窓から、細い日差しが差し込んでいる。顔に当たらないように避けながら、持ち込んでいた枕の形を整えて、寝転がる。

今日もマルシェは繁盛しているだろう。だが、オレの手伝いが必要なほどではないし、必要であっても知ったことではない。
薄暗い空間と、心地の良い涼しさ。自然とやってきた眠気に身を任せようとした矢先だった。

「あー! キキョウさん、やっぱりここに居ましたね!」

突如、女性の声が飛び込んできた。視線だけを入口に移せば、案の定そこにはマルシェの料理アドバイザーの姿があった。決して友好的ではないオレにも、しつこく絡んでくるおせっかいな奴だ。

「うっせえな。人がせっかく休んでるとこを邪魔すんな!」
「もう瞑想って言われても騙されませんからね。今から忙しくなるんで、接客を手伝ってくださいよ!」

そう言って、女性が山車の中に乗り込もうとした、その時だ。

「きゃあっ!?」
「うわっ!?」

入り口の段差に足を引っかけてしまったのだろう。女性が足をもつれさせて転んだ先は、当然のごとく寝転がっていたオレ。悲鳴と、押しつぶされる衝撃。

「冗談じゃねえ、オレを座布団にする気か!?」
「ううっ、すみませんっ、すぐどけますから!」

薄暗く、また二人が入るには狭い空間だ。
彼女は起き上がろうとして、床に手を突こうとした。だが何故かオレの胸に手をついているし、もう片方の手はオレの服を掴んでる。着物がずり落ちていく。

「ああっ、くそっ! いいから動くな!」
「そんなこと言われても!?」

放っておいたらますますひどいことになりそうだ。
もがこうとする女性を止めようと、その肩を掴んだ瞬間だった。

「ちょっと、君たち。何をしているの?」

一瞬、誰の声か分からなかった。
入り口を覗き込む影がある。逆光で、表情はよく見えない。
そのシルエットから、パティシエの青年だと気づいた。けれども、こんなに暗い表情と、冷たい声は聞いたことが無い。

何をそんなに苛立っているのかと一瞬悩んで、すぐにその理由に思い至った。
オレの着物は、肩まではだけてしまっている。しかもオレの胸に添えられているのは、彼女の手。どこからどう見てもオレを押し倒している図にしか見えない。
しかもオレの手も彼女の肩を掴んだままだ。喉の奥から、くつくつと笑いがこみ上げてくる。

「まるで、恋人に修羅場を見られたような顔だなあ?」
「ええっ!? 何でそうなるんですか!」

女性は顔を真っ赤にしている。慌てて離れてくれたので、ようやくオレも自由に動けるようになった。

「何があったか知らないけど、とにかく二人とも出てきなよ」
「そ、そうだね。ところで、フェンネルはどうしてここに?」

青年は、さも当然のように彼女に手を差し出して、彼女が山車の外に出るのを手伝った。

「君がキキョウを呼びに行ったかと思えば、君の姿がいきなり山車の中に消えたからさ。何かあったのかと思ったよ」

肩をすくめながら、青年は答える。気づけば、青年はいつもの余裕たっぷりな雰囲気に戻っている。
オレも山車から外に出て大きなあくびをしながら、青年が疑っているであろう事柄を否定する。

「別に、オレは引きずり込んじゃいねえぞ?」
「そうですよ、私が転んじゃっただけで」
「まさか、あんなに熱烈なお誘いをしてくれるなんてなあ?」
「だから、違いますって!」

必死に否定してくる顔がおかしくて、ついついからかってしまう。
青年の突き刺さるような鋭い視線が、また向けられた気配がした。

退屈で仕方がない時に、楽しい玩具が二つもやってきてくれた。
さて、どうからかってやろうかな。