「プルソーン、この辺に居るだろー?」
空っぽな教室に、僕を呼ぶ声が元気よく飛び込んできた。
声の主はキョロキョロと辺りを見回しながら、僕の傍らを通り過ぎていく。
クラスメイトの呼びかけに、出てこない理由は特に無い。
けれどもせっかくだし、彼の背後にそっと忍び寄る。
「何、リードくん?」
「お、プルソンいたいた」
僕が唐突に姿を現しても、最近はもう驚かないのがちょっとだけ残念だ。
それだけこの環境に馴染んだと言えるのは、嬉しくもないわけでもないけど。言わないけど。
「頼む! プルソンにしか頼めないことがあるんだ!」
必死な表情で、リードくんは両手を合わせて頭を下げた。
僕に頼み事? 何だろう?
「エロ本を隠すのにぴったりな場所、教えてくれねえ?」
「何言ってるの」
ほんと何言ってるの。
***
「プルソンは認識阻害が得意だろ」
「そりゃプルソン家だし」
「なら隠したいものを隠すのも上手いだろ!?」
「なんでそうなるの」
「つかプルソンだってエロ本の一つや2つ、部屋に隠してるだろ!」
「き、決めつけないでよ」
買ったことがあるのか、と聞かれれば。もちろん、ある。
誰にも気づかれずにいかがわしい本をこっそり読めるので、この家系能力で良かったと思う。
「そもそも、なんでそんなに隠したいわけ? 普通にベッドの下とかに隠せば?」
「もちろんそうしてるよ! わざわざ鍵まで付けて完璧に隠したのに、姉ちゃんが面白がって探すんだよ!」
身振り手振りで大げさに感情を示すリードくんに、思わずふふっと笑ってしまった。
「それは確かに厄介だね。分かるよ」
「え、分かんの?お前も姉いたっけ?」
「そうじゃないけど。僕の場合は母なんだよ」
こっそり買ったいかがわしい本を、部屋にどう隠すかは悩んだ。本棚か、床下か、またはもっと人の考えが及ばないような場所か。
数時間悩んで、ようやくここしかない、と隠したのに。
「本を買う時点から、母に見られていたんだよ。僕が必死に悩んでいるところも、全部見られてた」
「それは嫌だな……。で、没収でもされた?」
「無言で微笑まれた」
「キッツ!」
なんでこんな話してるんだろう。嫌な思い出のはずなのに、なんだか僕まで笑えてきた。
「まさか、今も持ってきてるんじゃないの?」
「あったり〜! よく分かったね」
「そんなキミを、何度も見てきたからね」
僕は知っている。リード君がこっそりと学校にも本を持ってきては、密かに楽しんでいることを。
ずっと、僕の存在に気づかれないまま、この学校生活が終わると思っていた。あの音楽祭で、僕の人生がガラリと変わるまで。
「へえ、じゃあプルソンはさ、どんな子がタイプなわけ?」
「……秘密」
「え~、ズルい。僕だってプルソンのこと、いろいろ知りたいのにさ」
本当に、こんな日が来るなんて思っていなかった。
居るか居ないかもわからない誰か、として学園生活が終わる。そんな覚悟で過ごしていたあの時の僕に教えてあげたい。
クラスメイトと、本の隠し場所で語り合う日が来るんだって。
「じゃあ、いつか、ね」
もう、話したいことを隠す必要なんてないのだ。
そう思うと、自然と笑みがこぼれたのだった。