無事に薬は完成した。
マテオの家で、薬効の実証も終わった。
これで任務完了だと、胸を撫でおろした。
その矢先だ。
「では、私は引退するとしよう」
「えっ!?」
人生で一番の大声を出した気がする。
寝耳に水、とはまさにこのことだ。
「ははっ、初めてキミの驚く顔が見れたよ」
「え、ちょ、待っ! どういうこと!?」
当の本人は、今までの意趣返し、とばかりに得意そうな顔だ。
「簡単な話だろう? もうこの村にはキミがいる。新しい技術を身につけた、素晴らしい薬師が」
「駄目よ、困るわ。アタシが居なくなったらどうするの?」
「キミはそこまで無責任ではないだろう」
いや、アタシは無責任な方だと思う。アタシはアタシのことしか考えていないし。
それとも今から無責任な奴になってしまおうかしら? ああ、駄目だ。思考がまとまらない。混乱する。
「キミは以前、『自分の手に負えない時は、他者を頼るべき』と言った。だから今回、こうして、頼らせてもらった」
言葉に詰まる。
だからと言って、アタシにすべてを任せるというのか。
彼に頼られるのは、嬉しい。
けれども、嫌だ。
「呪術医はもう不要だ。私は、どこか別のところに移るよ」
冗談では、無さそうだ。
このやさしい人が、居なくなる。
どこか遠くに?
もう、一生、会えなくなる?
「やだ」
気づけば、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
嫌だな。泣きたくないのに。
「な、泣くな」
「無理」
「頼む、泣かないでくれ。キミに泣かれると、私も困ってしまう」
彼は困惑しながら、懐からハンカチを取り出してアタシの頬にそっと触れた。
涙が吸い込まれていくけど、それでも感情があふれ出すのが止まらない。
どうすれば、この気持ちを抑えられるんだろう。
「マテオさんが居なければ、アタシはずっと自分の怪我を放置しますよ」
「やめなさい。あんなアロエを使った治療ではなく、薬を使いなさい」
「アロエって『医者いらず』って言われていますよね」
涙声で、何とか思いつくままの言葉を吐き出してみる。
「ならアロエさえ増やしていれば、本当に医者は要らない? そんなわけ、ない」
アロエは、切り傷はいいけど、火傷には使ってはいけない。
傷口に当てる時も、土がつかないように使わなければならない。
『医者いらず』のアロエを使うのに、医者は必要なのだ。
「アタシは、原野でいつも一人よ。それは慣れてる。でも、もしも自分の身に何かが起きても、助けてくれる人が居る。それだけで、すごく安心できた」
泣きすぎて、思わず俯いてしまう。
「アタシにとって、医者のマテオさんは、怪我を治療できるだけじゃない。心の支えになってくれる存在なんですよ」
だから、居なくなるなんて言わないで。
嗚咽が止まらない。ハンカチはもうぐしゃぐしゃだ。
「悪かったよ、薬師」
アタシの肩に、彼の手が置かれた。
「薬師、いや、ティー。頼む、もう泣き止んでくれ」
アタシの名前。
今、初めて呼ばれた気がする。
「引退は撤回するよ」
その言葉が理解できるまで、しばらく固まってしまった。
ふと彼の顔を見れば、どことなく頬が赤い。
思わず、吹き出してしまった。
「あはは。驚きすぎて、涙、引っ込んじゃった」
これからも一緒にいられる。
その事実だけで、なんとか生きていけそうだ。
「ねえ、アタシの名前、もう一回言ってよ」
「また今度な」
「え、ひどい。アタシ、また泣いちゃうぞ」
「やめてくれ。これでは永遠に終わらないだろう」
そして、ほとんど同時に、お互いに笑いあった。
永遠に終わらなくていいよ。
ずっと一緒に居ようよ。
きっと、こうやって笑いあっていられるからさ。
