「おや、マテオさん。原野で出会ったのは初めてですね」
「キミも素材探しか」
原野はモンスターも野生動物も徘徊しており、一般人が入ることは少ない。
彼も調査のために原野に赴いていると聞いていたが、実際に見たのはこれが初めてだった。
「アタシは、熊に追われてる誰かさんがいないか、見回っているんですよー」
「それは、『もしも助けることが出来れば、相手に好かれるだろう』という魂胆だろう?」
「お、アタシのこと分かってきたじゃないですか」
不純な動機を隠しもせず笑えば、苦々しい笑いが返ってきた。
「ん? その腕はどうした、怪我か?」
「ああ、かすり傷ですよ」
実際のところ、熊に追われたのはアタシのほうだった。
原野に居る熊は、どの個体も凶暴で人を見かけ次第襲ってくる。
ある程度の駆除は出来たが、二の腕を引っ掻かれてしまった。
「来なさい。包帯は持ち歩いているから、応急処置をしよう」
「大丈夫ですよこれくらい」
「薬師なのに、怪我の放置がどれほど危険か、知らないわけが無いだろう」
彼は医師として、怪我を見て見ぬ振りが出来ないのだろう。
それが嫌っている薬師であってもだ。
素直に腕を差し出せば、彼の目の紅色が、アタシの傷を観察しはじめた。
なぜか、どこかくすぐったい気持ちになる。
「随分と古傷だらけだな」
「あはは。子供の頃からこんな怪我、しょっちゅうでしたよ」
「そうか。そんな子供の頃から、戦っていたんだな」
おや。たしなめられると思ったのに。意外と彼の表情は穏やかだ。
「へへーん、アタシ、努力家でしょう? 褒めてもいいんですよー」
「怪我をしなければ考えてやる」
目の前の医者は、懐から何かの軟膏を取り出し、傷口に塗り始めた。
その色と匂いには、覚えがある。
「これ、アロエですか?」
「そうだ。『医者いらずのアロエ』と言うだろう?」
そこでふいに何かを思い出したように、彼は言葉を止めた。
「馬鹿げていると、思うか?」
「どうして?」
「昔、村に来た薬師は『これはただの民間療法だ。いわゆるおばあちゃんの知恵袋だな』と、バカにして笑っていたよ」
その薬師の名前、後で調べておこうかしら。
ぶん殴ってやりたい。
「えー、アタシの子供の頃は、怪我したらその辺のヨモギを擦り付けていましたよ」
「ほう。都の薬師でも、そんな方法を取るのだな」
「多分アタシぐらいですよ」
そんな話をしながら、彼の手はアタシの腕に手際よく包帯を巻いていく。
「よし、これでいいだろう。必要なら、キミ自身の自慢の薬を使いたまえ」
「この治療だけでも、十分ですよ」
「確かに、自然のもので、自然に治療できるに越したことは無い。だが、私のこんな古い方法では、良い結果は出なかったからな」
そんな自信の無さそうな顔をしないでほしい。
「マテオさんが受け継いできた古い方法があったからこそ、アロエが有用だと知られてきたんでしょう? アタシも今、アロエを使って新しい薬を作っていますよ」
その新しい薬で、住民の病を治しているのだ。
過去が続いて、今に辿り着いた。
過去に敬意を払えない薬師なんて、どうせすぐ駄目になる。
そういえば昔の薬師は大失敗を起こして、村から追い出されていたか。
「アタシは、マテオさんが呪術医で居てくれて、とても感謝していますよ」
そう言って笑って見せれば。
何も答えなかったけれど、ほんの少しだけ、微笑みが返ってきた。