熊が、原野の入り口付近で徘徊していた。
二人で風下の木陰に隠れて、熊の様子を伺っていた。
「迂回しましょうか?」
「いや、あれは村に近すぎる。入り込まないうちに、駆除したい」
彼と原野で出会った帰り道、一緒に村に戻ることになった。
このままでは、戦闘は避けては通れないだろう。
「了解。じゃあ行ってきますね」
「待て、レンジャーが近くに居るはずだ。彼らに頼めばいい」
「大丈夫ですよ。アタシ、結構強いんですよ?」
笑って見せたが、彼はアタシの二の腕に視線を向ける。
「そんな怪我をしたのに?」
「四方八方から熊に囲まれたら、さすがのアタシも無理ですって」
目の前の熊は一匹なので、何も問題ない。
そう言って笑顔を張り付け説得したが。それでもまだどこか不安げだ。
「出来るだけ、早く終わらせますから」
アタシは草刈り鎌を手に、熊にゆっくり近づいた。
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息を吸う。相手に気配を悟らせないように。
音が、無くなる。
駆ける。急所。熊の首元を、鎌の切っ先で突き刺す。
浅い。もう一度。
熊が振り返るが、遅い。反撃が来る前に、二撃目を叩きこむ。
慣れきった、肉に突き刺す感触。
命を奪う、手触りだ。
「皮肉よね」
薬師として、片や命を奪って、片や命を救う。
もはや自嘲も浮かばない。
アタシにとっては、これが当たり前の世界だ。
息を吐く。深く、もっと深く。限界まで。
周囲の音が、戻ってくる。
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「薬師、無事か?」
しまった。彼が居たことを忘れていた。
心配させないように、笑顔を戻す。
「どうです? 戦っているアタシに、見惚れました?」
彼は答えずに、アタシの足元に倒れた熊に視線を向けた。
「キミは随分と、戦い慣れているな」
「そりゃ、この村に来てから随分と経ちましたから」
「普通は、草刈り鎌で熊は狩らない」
ああ、しまったな。
不審に思われただろうか。
「身近な道具で、よくそこまで戦えるな。それとも都の薬師は、皆そうなのか?」
「あはは。アタシみたいなのはあんまり居ないと思いますよー」
戦闘の経験がある。医術に関する知識がある。都から離れたがる。
たまたまこの村に赴任する条件に一致したのは、そんな中途半端なアタシだった。
「何故だ」
「ん?」
「何故、そんなに嘘ばかりつく?」
「別に、嘘なんてついていませんよー」
「その笑顔は、嘘だ」
断言された言葉が、ちくりと胸に突き刺さる。
「どうして、そう思うんですか?」
「キミは、怪我をしても、まるで平気な顔をする。そうやって無理して笑うのが当たり前になるような、そんな生活をしていたのか? キミは都で、どんな扱いを受けてきたんだ」
彼は厳しい表情で、早口でまくし立てる。
きっと、アタシがかわいそうだとか、そんなことを言いたいんじゃない。
ただ、アタシを心配しているだけだ。
「そうですね。確かに、子供の頃はいい環境とは言えませんでしたよ」
不思議だなあ。
話すつもりは、無かったのに。
「アタシは都ではなく、辺境の傭兵団に居たんですよ」
あまり話したいことでも無かったのに。
「毎日、獣やモンスターと戦いばかり。怪我をしても、それを自分で治すしかない。そんな幼少期だった」
おかげで、薬草のことにも詳しくなった。
「足手まといな子供を嫌う、そんな大人にも笑顔を向けて。アタシよりもっと下の子を守るために、どんなに辛くても苦しくても、出来るだけ笑っていた」
こうして、どんな状況でも笑顔を作れるようになった。
「アタシ、笑顔は作りますけど、別に嘘をついているわけじゃないんですよ? もうこの笑顔が、自分でも当たり前なので」
嘘をつき続けていると、自分すらも騙してしまう。
「アタシとしては、この笑顔が嘘でも本当でもいいんですよ。どっちもアタシなので」
黙ったままの彼に向かって、アタシは仰々しくお辞儀をしてみせる。
「これがアタシの過去でございます。ご清聴ありがとうございました」
これで、嘘をつかない、という彼との約束は守れただろうか。
嘘だと思われていたら、嫌だな。
嫌われたく、ないな。
彼は何も言わなかった。
どんな言葉をアタシに言うべきか、悩んでいるように見える。
だからアタシから喋ることにした。
「マテオさんと、こうやっておしゃべりするの、楽しいんですよ?」
そしてアタシは、いつもの笑顔を浮かべる。
「嘘じゃ、ないですよ?」
これは、ほんとうのことだ。
伝わってくれると、いいのだけれども。
アタシは目を見ていられなくて、思わずうつむいてしまった。
「そうだな。嘘ではないと、分かるよ」
視界の外で、彼がふっと笑った気配がした。
気のせいじゃなければ、いいな。
その言葉だけで、アタシの心は、嬉しさでいっぱいに満ち溢れているから。