6話 笑顔

 熊が、原野の入り口付近で徘徊していた。
 二人で風下の木陰に隠れて、熊の様子を伺っていた。

「迂回しましょうか?」
「いや、あれは村に近すぎる。入り込まないうちに、駆除したい」

 彼と原野で出会った帰り道、一緒に村に戻ることになった。
 このままでは、戦闘は避けては通れないだろう。

「了解。じゃあ行ってきますね」
「待て、レンジャーが近くに居るはずだ。彼らに頼めばいい」
「大丈夫ですよ。アタシ、結構強いんですよ?」

 笑って見せたが、彼はアタシの二の腕に視線を向ける。

「そんな怪我をしたのに?」
「四方八方から熊に囲まれたら、さすがのアタシも無理ですって」

 目の前の熊は一匹なので、何も問題ない。
 そう言って笑顔を張り付け説得したが。それでもまだどこか不安げだ。

「出来るだけ、早く終わらせますから」

 アタシは草刈り鎌を手に、熊にゆっくり近づいた。

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 息を吸う。相手に気配を悟らせないように。
 音が、無くなる。

 駆ける。急所。熊の首元を、鎌の切っ先で突き刺す。
 浅い。もう一度。
 熊が振り返るが、遅い。反撃が来る前に、二撃目を叩きこむ。
 慣れきった、肉に突き刺す感触。
 命を奪う、手触りだ。

「皮肉よね」

 薬師として、片や命を奪って、片や命を救う。
 もはや自嘲も浮かばない。
 アタシにとっては、これが当たり前の世界だ。

 息を吐く。深く、もっと深く。限界まで。
 周囲の音が、戻ってくる。

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「薬師、無事か?」

 しまった。彼が居たことを忘れていた。
 心配させないように、笑顔を戻す。

「どうです? 戦っているアタシに、見惚れました?」

 彼は答えずに、アタシの足元に倒れた熊に視線を向けた。

「キミは随分と、戦い慣れているな」
「そりゃ、この村に来てから随分と経ちましたから」
「普通は、草刈り鎌で熊は狩らない」

 ああ、しまったな。
 不審に思われただろうか。

「身近な道具で、よくそこまで戦えるな。それとも都の薬師は、皆そうなのか?」
「あはは。アタシみたいなのはあんまり居ないと思いますよー」

 戦闘の経験がある。医術に関する知識がある。都から離れたがる。
 たまたまこの村に赴任する条件に一致したのは、そんな中途半端なアタシだった。

「何故だ」
「ん?」
「何故、そんなに嘘ばかりつく?」
「別に、嘘なんてついていませんよー」
「その笑顔は、嘘だ」

 断言された言葉が、ちくりと胸に突き刺さる。

「どうして、そう思うんですか?」
「キミは、怪我をしても、まるで平気な顔をする。そうやって無理して笑うのが当たり前になるような、そんな生活をしていたのか? キミは都で、どんな扱いを受けてきたんだ」

 彼は厳しい表情で、早口でまくし立てる。
 きっと、アタシがかわいそうだとか、そんなことを言いたいんじゃない。
 ただ、アタシを心配しているだけだ。

「そうですね。確かに、子供の頃はいい環境とは言えませんでしたよ」

 不思議だなあ。
 話すつもりは、無かったのに。

「アタシは都ではなく、辺境の傭兵団に居たんですよ」

 あまり話したいことでも無かったのに。

「毎日、獣やモンスターと戦いばかり。怪我をしても、それを自分で治すしかない。そんな幼少期だった」

 おかげで、薬草のことにも詳しくなった。

「足手まといな子供を嫌う、そんな大人にも笑顔を向けて。アタシよりもっと下の子を守るために、どんなに辛くても苦しくても、出来るだけ笑っていた」

 こうして、どんな状況でも笑顔を作れるようになった。

「アタシ、笑顔は作りますけど、別に嘘をついているわけじゃないんですよ? もうこの笑顔が、自分でも当たり前なので」

 嘘をつき続けていると、自分すらも騙してしまう。

「アタシとしては、この笑顔が嘘でも本当でもいいんですよ。どっちもアタシなので」

 黙ったままの彼に向かって、アタシは仰々しくお辞儀をしてみせる。

「これがアタシの過去でございます。ご清聴ありがとうございました」

 これで、嘘をつかない、という彼との約束は守れただろうか。
 嘘だと思われていたら、嫌だな。
 嫌われたく、ないな。

 彼は何も言わなかった。
 どんな言葉をアタシに言うべきか、悩んでいるように見える。
 だからアタシから喋ることにした。

「マテオさんと、こうやっておしゃべりするの、楽しいんですよ?」

 そしてアタシは、いつもの笑顔を浮かべる。

「嘘じゃ、ないですよ?」

 これは、ほんとうのことだ。
 伝わってくれると、いいのだけれども。
 アタシは目を見ていられなくて、思わずうつむいてしまった。

「そうだな。嘘ではないと、分かるよ」

 視界の外で、彼がふっと笑った気配がした。
 気のせいじゃなければ、いいな。
 その言葉だけで、アタシの心は、嬉しさでいっぱいに満ち溢れているから。