16話 嘘

今のアタシの願いは、ただ一つ。

「ティー、何故鍵を閉めた!? 開けろ!」

 後ろでは、扉を激しく叩く音。
 アタシは深く息を吸って、精一杯の笑顔を浮かべる。
 そして、扉に向かって、大声で叫んだ。

「あーあ、マテオさん、結局落とせなかったなー」
「何の話だ?」
「最初に言ったじゃないですか。『マテオさん落とせれば、皆の信頼得られる』って」

 アタシ、正直でしょ?
 扉越しに見えるはずも無いのに、笑って見せる。

「ふざけるのはよせ。それより、『タウ』とはキミの名か?」

 やはり、その質問から来るか。
 その昔の名は、アタシにとっては恐怖の対象でしかない。

「そうですよ~? 調べてもらえれば分かりますけど、ある災いを呼んだ名ですよ?」

 以前に、村に災いを呼ばない、と約束した。
 アタシが出ていけば、その約束も果たせる。

「キミは、出会った時から何か隠し事をしていた」
「そんなことありませんけど?」
「私は呪術医として長い間、『人』を見てきた。今までの間、キミのことも見てきたつもりだ」

 理解できる。何度も、彼にはアタシのいろんなものを見抜かれてきた。
 でもこの願いだけは、見抜かれたくない。

「キミが隠したかったのは、その名なのか。先ほどの男と、関係があるのか?」
「さすがマテオさん、鋭いですねー」
「あの男は誰だ!」
「アタシを、ここではない遠い場所に連れていく人ですよ」

 さあ、笑え。
 隠しきるんだ。

「そういうわけで、アタシ、村を出ていきますね」

 今のアタシの願いは、ただ一つ。

 アタシを、嫌って。
 心底、憎んで。
 貴方に告白した馬鹿な女なんて、忘れてしまうぐらいに。

「何故だ!」
「アタシは、ここに居たくないから」

 本当の気持ちだ。
 あの赤色が襲ってくる前に、今すぐここから逃げ出したい。

「嘘をつくな、ティー!」
「アタシは、貴方に会いたくないの」

 これも、本当。
 貴方を、危ない目に遭わせたくない。

「頼む、本当のことを、言ってくれ」
「アタシは、貴方と人生を共にしたいなんて、思っていない」

 嘘なんて、ついてない。

 なら何故、アタシの心は、ぽろぽろとなみだをこぼしているの?

「もう結構だ! キミのことなぞ、もう知らん!」

 その大声を最後に、愛しい気配は遠くへ去って行った。

 ああ、良かった。

 うれしい、とアタシは呟く。
 これも、本当のこと?
 もう、分からない。