17話 理由

彼女に、惹かれていた。そんな私が馬鹿だった。
 少しでも心動かした自分が愚かしい。

「ねえ、そこのジュジュツイサン」

 街道を早足で進む。
 市長に、話をせねば。
 都の薬師は逃げ出したと、今すぐ報告せねばならない。

「ちょっと、聞いているの?」

 怪しい男を村に入れていたことも伝えねば。
 思い出せば思い出すほど、はらわたが煮えくり返りそうだ。

「こら、待ちなさい」

 唐突にマントを引っ張られ、思わず転びそうになった。

「誰だ!」
「ハーイ、モイラよ。あと面倒くさい連れが一名」
「普通にコリンって呼んでくれよ」
「間違ってないでしょ? で、どうしたのよ、そんなに眉間にしわを寄せて」
「あの薬師は、出ていくそうだ」

 ツリ目の女性と細目の男は、きょとんとした顔をしている。

「変ねえ。私たちと昨夜飲んでたときは、そんな話は無かったけど?」
「妙な赤髪の男が来て、彼女の様子がおかしくなった。話を聞いても、何も言わないのだ!」

 二人の顔色が、変わった。
 空気が、張り詰める。

「コリン」
「了解」

 二人は互いに目だけで何かを伝えあった。細目の男が去って行く。

「ねえ、他に何か言ってなかった?」
「薬師をタウと呼んでいた。何か知っているのか?」
「ええ、これをあなたに話すべきでは無いのだけど。今は緊急事態だから、教えるわ」

 彼女は早口で語りだす。

「昔、タウという女の子がいた。彼女はある傭兵団から逃げ出して、小さな村に隠れ住んでいた。でもその村は、突然現れた赤髪の男に燃やされた」
「燃やされた? 何故?」
「彼女を探すため、たったそれだけの為に。幸い、死傷者は出なかったし、男もすぐに捕まった。けれど、彼女は自分のせいだと、己を責め続けた」

 想像していた以上の重い過去に、思考が止まりそうだ。

「その後、ティーと名前を変えて、いろんな場所を渡り歩き、今に至る。以上よ」
「何で、そんなことを知っている。薬師が、それを話したのか」
「仕事柄、過去を調べておくの。出自の怪しい人間が医者だと困るでしょ」

 歯噛みする。
 薬師の事情を知っても、自分が何も出来ないでいる事に。

「なら、何故その男が今ここにいる?」
「分からないわ。もう刑は確定していて、牢屋で一生を過ごすはず。これは推測だけど、こっそり脱獄でもしたのかしら」

 ならば、まず市長にそれを報告すべきか。その前に警察署に行くべきか。
 悩んでいると、女の視線が突き刺さった。

「それで、あなたはどうしたいの?」
「どうしたい、とは」
「私はティーの過去を話した。本来、知るべきではない情報をね」

 何を言いたいのかは、理解できる。
 だがそれでも、私は無力なのだ。
 彼女を助ける理由が、私には、もう無い。

「私は、何もできない」
「助けが必要な人を、助けないと? 呪術医なのに?」
「呪術医だからだ」

 呪術医として、厄介な患者に出会うことがある。
 医者を信用しない患者だ。
 病を得ても、何も口を開かない。そうなると、こちらも助けようがない。

 理由を伝えても、目の前の女は納得していないようだ。

「彼女は、助けを求めていなかったの?」
「何も」

 薬師が男と話していた時、思わず間に入ってしまった。
 彼女が、助けを求めていたわけじゃない。
 気づいたら、身体が動いていた。
 それだけだった。

「なら、あなたのしたいようにすればいい」

 突き放すような言葉だ。
 ふいに、足音が近づいてきた。先ほどの細目の男が戻ってきた。

「モイラ。まずティーの行方から。レンジャーに聞いたら、原野の北の方に向かったってさ」
「どうして追わないの」
「オレの役目じゃないからさ」

 なぜ原野に向かったのか。
 一瞬悩んだが、すぐに理解した。
 おそらく、この村から出るための駅は、赤髪の男が見張っているだろう。一番危険なルートから、村を出ようとしている。

 彼女は、強い。
 私が助ける必要なんて、無い。
 それでも私は、原野に走った。

 呪術医として、助けを求めない人を、助ける理由なんてない。
 だが、私が、彼女のことを助けたい。
 それが、理由だ。

.

「さて。後はジュジュツイサンに任せるとして。他に報告は?」
「赤髪の男、確かにいたよ。駅で待ち伏せしてる」
「そう。なら行きましょうか」

 駅に向かう。確かに、無駄に目立つ赤色の髪だ。
 ティーと同じ色のケープをまとっている。

「やあやあ、薬師を探しているんだって? オレが相手をしようか?」
「薬師が必要そうな病人には見えないけどね」

 話しかければ、男から不愛想な表情が返ってきた。

「お前ら、誰だ。アイツと、どんな関係だ」

 二人で目を合わせて、にやっと笑う。

「ただの友人、さ」
「ちょっと親友、よ」