5話 呪術医

「おや、マテオさん。原野で出会ったのは初めてですね」
「キミも素材探しか」

 原野はモンスターも野生動物も徘徊しており、一般人が入ることは少ない。
 彼も調査のために原野に赴いていると聞いていたが、実際に見たのはこれが初めてだった。

「アタシは、熊に追われてる誰かさんがいないか、見回っているんですよー」
「それは、『もしも助けることが出来れば、相手に好かれるだろう』という魂胆だろう?」
「お、アタシのこと分かってきたじゃないですか」

 不純な動機を隠しもせず笑えば、苦々しい笑いが返ってきた。

「ん? その腕はどうした、怪我か?」
「ああ、かすり傷ですよ」

 実際のところ、熊に追われたのはアタシのほうだった。
 原野に居る熊は、どの個体も凶暴で人を見かけ次第襲ってくる。
 ある程度の駆除は出来たが、二の腕を引っ掻かれてしまった。

「来なさい。包帯は持ち歩いているから、応急処置をしよう」
「大丈夫ですよこれくらい」
「薬師なのに、怪我の放置がどれほど危険か、知らないわけが無いだろう」

 彼は医師として、怪我を見て見ぬ振りが出来ないのだろう。
 それが嫌っている薬師であってもだ。

 素直に腕を差し出せば、彼の目の紅色が、アタシの傷を観察しはじめた。
 なぜか、どこかくすぐったい気持ちになる。

「随分と古傷だらけだな」
「あはは。子供の頃からこんな怪我、しょっちゅうでしたよ」
「そうか。そんな子供の頃から、戦っていたんだな」

 おや。たしなめられると思ったのに。意外と彼の表情は穏やかだ。

「へへーん、アタシ、努力家でしょう? 褒めてもいいんですよー」
「怪我をしなければ考えてやる」

 目の前の医者は、懐から何かの軟膏を取り出し、傷口に塗り始めた。
 その色と匂いには、覚えがある。

「これ、アロエですか?」
「そうだ。『医者いらずのアロエ』と言うだろう?」

 そこでふいに何かを思い出したように、彼は言葉を止めた。

「馬鹿げていると、思うか?」
「どうして?」
「昔、村に来た薬師は『これはただの民間療法だ。いわゆるおばあちゃんの知恵袋だな』と、バカにして笑っていたよ」

 その薬師の名前、後で調べておこうかしら。
 ぶん殴ってやりたい。

「えー、アタシの子供の頃は、怪我したらその辺のヨモギを擦り付けていましたよ」
「ほう。都の薬師でも、そんな方法を取るのだな」
「多分アタシぐらいですよ」

 そんな話をしながら、彼の手はアタシの腕に手際よく包帯を巻いていく。

「よし、これでいいだろう。必要なら、キミ自身の自慢の薬を使いたまえ」
「この治療だけでも、十分ですよ」
「確かに、自然のもので、自然に治療できるに越したことは無い。だが、私のこんな古い方法では、良い結果は出なかったからな」

 そんな自信の無さそうな顔をしないでほしい。

「マテオさんが受け継いできた古い方法があったからこそ、アロエが有用だと知られてきたんでしょう? アタシも今、アロエを使って新しい薬を作っていますよ」

 その新しい薬で、住民の病を治しているのだ。
 過去が続いて、今に辿り着いた。
 過去に敬意を払えない薬師なんて、どうせすぐ駄目になる。
 そういえば昔の薬師は大失敗を起こして、村から追い出されていたか。

「アタシは、マテオさんが呪術医で居てくれて、とても感謝していますよ」

 そう言って笑って見せれば。
 何も答えなかったけれど、ほんの少しだけ、微笑みが返ってきた。