10話 ちょっと親友

 酒場の隅で一人、夕食の時間を楽しんでいた。

「お、呪術医さんもいるじゃん。こーんばーんはー」
「食事中だ。静かにしろ」

 細目の男が、通りがかりに声をかけてきた。
 その隣に、同伴者らしきツリ目の女性が居た。

「へー。ジュジュツイサンって名前なのね。私はモイラよ」
「マテオだ。変な名で呼ばないでもらえるか」

 都の医療協会は、まともな挨拶も出来ないのか。
 どう怒鳴る前に、二人は笑いながら離れて、私の後ろの席に座った。
 溜息をつく。やっと落ち着いて食事が出来る。

「お、ようやく来たな、新米薬師」
「コリン先輩。アタシ、もう新米じゃないんですけどー」
「オレにとっては、永遠の新米さ!」

 この時間帯は酒場も賑やかで、いろんな声が耳に飛び込んでくる。
 普段は気にもしないのに。どうして、あの薬師の声だけ、思わず聞いてしまうのか。

「で、この場所での生活はどうなのよ、ティー」
「モイラ先輩! よくぞ聞いてくれました! 最初は都から来たってだけで反感強くて、村八分にされてましたよー」
「大変だったわね」
「ま、今はアタシの活躍のおかげで、大変良好な関係を築いております!」

 声だけなのに、振り返らなくても、分かる。
 彼女はこれでもかとばかりに、自慢げな顔をしているはずだ。
 それにしても、いつもよりテンションが高すぎる気がする。
 酒でも入っているのだろうか。

「あら本当? なら、今度テストしようかしら。いえ、いっそ今やりましょう」
「お、話が早くていいですね」
「ねえ、ジュジュツイサン。ティーとは、仲良くしてる?」

 ふいに話題を振られた。
 私は顔をしかめて、後ろを振り返る。

「何故、私に聞く」
「だって、あなたが一番頑固そうだから」

 どんな理由だ。
 仲良くしているわけ、ないだろ。
 そう答えたかったのに。
 視界に入ったのは、薬師のキラキラとした、期待に満ちた目。

「彼女は、ムーンベリーに貢献してくれている。以上だ」

 何とか絞り出した言葉に。薬師が、ぱっと笑顔を浮かべた。
 調子に乗るな、と言ってやりたかったが。これ以上何を言っても、あの医療協会の二人にからかわれるだけだろう。

「ね! 特にマテオさんとは相思相愛なのです!」

 待て。嘘を紛れ込ませるな。

「あら。まさか、のろけ話を聞かされるとはね」
「えへへー。モイラ先輩とは大親友ですし、恋バナしてみたかったんですよー」
「あなたとは『ちょっと親友』ぐらいよ」
「ひどっ!」

 薬師は、ぶーっと頬を膨らませてる。とはいえ、本気で怒っているわけではなさそうだ。
 それにしても、彼女はかなり酔っているな。顔が赤すぎる。

「どうしたのよ、コリン。そんなにニヤニヤして」
「親友であることは否定しないんだね」
「何が言いたいの?」
「何もー?」

 酔っ払いに絡むだけ、時間の無駄だろう。
 私は会計を済ませて、さっさと酒場から出ることにした。

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 夜道を一人歩く。
 風の音だけが、傍らを通り過ぎる。
 酒場での会話で、彼女は『恋バナ』と言った。
 ただの、冗談だ。
 いつもの、軽口だ。
 酔っ払いの、戯言だ。

 だが、もしも彼女が私に向ける視線が。私の予想した感情だとしたら。

 嘘であってほしい、と願う。
 私は、何も応えてやれないというのに。