酒場の隅で一人、夕食の時間を楽しんでいた。
「お、呪術医さんもいるじゃん。こーんばーんはー」
「食事中だ。静かにしろ」
細目の男が、通りがかりに声をかけてきた。
その隣に、同伴者らしきツリ目の女性が居た。
「へー。ジュジュツイサンって名前なのね。私はモイラよ」
「マテオだ。変な名で呼ばないでもらえるか」
都の医療協会は、まともな挨拶も出来ないのか。
どう怒鳴る前に、二人は笑いながら離れて、私の後ろの席に座った。
溜息をつく。やっと落ち着いて食事が出来る。
「お、ようやく来たな、新米薬師」
「コリン先輩。アタシ、もう新米じゃないんですけどー」
「オレにとっては、永遠の新米さ!」
この時間帯は酒場も賑やかで、いろんな声が耳に飛び込んでくる。
普段は気にもしないのに。どうして、あの薬師の声だけ、思わず聞いてしまうのか。
「で、この場所での生活はどうなのよ、ティー」
「モイラ先輩! よくぞ聞いてくれました! 最初は都から来たってだけで反感強くて、村八分にされてましたよー」
「大変だったわね」
「ま、今はアタシの活躍のおかげで、大変良好な関係を築いております!」
声だけなのに、振り返らなくても、分かる。
彼女はこれでもかとばかりに、自慢げな顔をしているはずだ。
それにしても、いつもよりテンションが高すぎる気がする。
酒でも入っているのだろうか。
「あら本当? なら、今度テストしようかしら。いえ、いっそ今やりましょう」
「お、話が早くていいですね」
「ねえ、ジュジュツイサン。ティーとは、仲良くしてる?」
ふいに話題を振られた。
私は顔をしかめて、後ろを振り返る。
「何故、私に聞く」
「だって、あなたが一番頑固そうだから」
どんな理由だ。
仲良くしているわけ、ないだろ。
そう答えたかったのに。
視界に入ったのは、薬師のキラキラとした、期待に満ちた目。
「彼女は、ムーンベリーに貢献してくれている。以上だ」
何とか絞り出した言葉に。薬師が、ぱっと笑顔を浮かべた。
調子に乗るな、と言ってやりたかったが。これ以上何を言っても、あの医療協会の二人にからかわれるだけだろう。
「ね! 特にマテオさんとは相思相愛なのです!」
待て。嘘を紛れ込ませるな。
「あら。まさか、のろけ話を聞かされるとはね」
「えへへー。モイラ先輩とは大親友ですし、恋バナしてみたかったんですよー」
「あなたとは『ちょっと親友』ぐらいよ」
「ひどっ!」
薬師は、ぶーっと頬を膨らませてる。とはいえ、本気で怒っているわけではなさそうだ。
それにしても、彼女はかなり酔っているな。顔が赤すぎる。
「どうしたのよ、コリン。そんなにニヤニヤして」
「親友であることは否定しないんだね」
「何が言いたいの?」
「何もー?」
酔っ払いに絡むだけ、時間の無駄だろう。
私は会計を済ませて、さっさと酒場から出ることにした。
.
夜道を一人歩く。
風の音だけが、傍らを通り過ぎる。
酒場での会話で、彼女は『恋バナ』と言った。
ただの、冗談だ。
いつもの、軽口だ。
酔っ払いの、戯言だ。
だが、もしも彼女が私に向ける視線が。私の予想した感情だとしたら。
嘘であってほしい、と願う。
私は、何も応えてやれないというのに。