家を出た。
嫌になるぐらい、朝日が眩しい。
鞄の中には、無理やり押し込んだラベンダーと、底に転がったムーンブローチ。
「あーあ。フラれちゃった!」
想定はしていたのだ。
拒絶される可能性が無いだなんて、考えてはいなかった。
『私を想ってくれるのは嬉しい』
先ほどの彼の言葉が、まだ頭の中に響いている。
『でも、そういうのはひさしぶりでね』
『それぞれに職務がある。こんなことを考えているヒマはないはずだ』
『それが私の答えだよ、ティー』
どうして、そんな時にアタシの名前を呼ぶの。
『この話は、なかったことにしようじゃないか』
拳を握りしめる。
何とか、笑おうとした。
昔から、辛いことがあっても、笑って耐えてきた。
でも、今はうまく笑える気が、しない。
「やあ、ティー。こんなところに居たのか」
背後から声をかかる。振り返れば、市長がニコニコと手を振っていた。
「話があるんだ。酒場でお茶をしようじゃないか」
.
気づけば、お茶ではなく、お酒を頼んでいた。
市長が奢ると言ってくれたので、つい甘えてしまった。市長は嬉しそうに、アタシの飲みっぷりを見ている。
「キミは今までに、ムーンベリーにたくさんの貢献をしてくれた。そのお礼を言いたくてね」
「別に気にしなくていいですよー」
「そこで、キミには引っ越してもらいたくてね」
おや、急な話だ。アタシは首をかしげる。
「引っ越しって、どこです?」
「今の家だと、手狭だろう? この村の、もっと大きな家に住んでもらおうと思うんだ」
「いえ、今の家で十分なので、別にいいですよ」
予想はしていたよ、と市長は笑った。
住居環境には、あまりこだわりは無かった。
傭兵時代を思えば、雨風がしのげるだけでもありがたい。
「じゃあアタシの愚痴、ちょっと聞いてくれません?」
「何だい?」
「マテオさんにフラれました」
「えっ」
市長が目を白黒させている。
「キミたち、いつの間に仲良くなったんだい?」
「最初から仲良しでしたよ?」
アタシは、酒を一気に喉に流し込んだ。感情も一緒に、飲み込んでしまいたかった。
「マテオさん、『そういうのはひさしぶり』って言ってたから、前にも恋人、居たんでしょうね。でも上手くいかなかったのかな」
急にこんな話をされても、市長も困るだろうな。
頭で分かっていても、とにかく愚痴でいっぱいになる。
「どーせマテオさんのことだから! 前の恋人とは喧嘩別れして『自分のせい』とか思ってそうじゃん!」
駄目だ。酔ってる。
目の前の人が市長だ、と分かっていても、どうにも止まらない。
「あの人、どうしてあんなに自分のことを卑下するんだろ。すごく、良い人なのになあ」
「そうだね。彼は頑固だけど、信念のある人だよ」
知っている。たくさん、彼の姿を見てきた。
思い出すたびに、どうしようもなく感情がこみ上げて、唇をかみしめた。
「アタシ、嫌われていましたけど。ほんとうに嫌われてはいないと、思ってた」
予測をして、心の準備をして、彼に挑んだ。
それでも、駄目かもな、とは、心のどこかで思っていた。
今でも、自分が押しつぶされそうなほど、ショックが大きい。
「キミは、不安だったんだね。それでも、想いを告げたんだね」
市長は変わらず、穏やかな笑みを浮かべていた。
「マテオも、不安だったんだと思うよ」
「さあ、どうなんでしょうね」
「似た者同士なのかもね、キミたち」
何もかも分かってる。そんな顔で、市長はアタシを見ている。
「時間を置いて、もう一度、話し合ってみたらどうだい?」
助言を残して、市長は仕事があるからと言って、席を立った。
一人残されたアタシは、奢られた酒を見ながら、ため息をつく。
先輩たちがまだ村にいるから、飲みに付き合ってもらおうか。
それとも。
「アタシ、本当に引っ越そうかなあ。どこか、遠くに」
