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ティアラとしばらく会えない日々が続いた。
元々忙しかった事も加えて、休みの日は部屋にこもるようになった。
今の時間なら、自室にいるだろう。彼女の部屋の前を通りかかり、訪いを入れようとして立ち止まる。
部屋に入ろうと思えば、入れる。
けれども、私の手は動かない。うつむいたままの顔を、上げることも出来ない。
怖いのだ。
未だに私は、私が怖い。
そして今日も、何もできないまま一日が終わる。
***
何もない、真っ暗な場所。
ここはどこだろうかと考えて、すぐに夢だと気づいた。
自分の今の心境を表しているのだろうか。自分の足元すらおぼつかない。
不安だが、動かない方がいいだろう。
息をひそめていると、一瞬、光が走ったような気がした。
光が見えた方向を振り向いてみる。
何もない。けれど、知っているような気配がする。
「ティアラ?」
声をかけてみる。返ってくるのは、風のようなかすかな音だけ。
行かなければ。何故か胸騒ぎがして、彼女の気配がした方向に向かって歩き出す。
ぼんやりと、人影が見えてきた。間違いない、あの後ろ姿はティアラだ。
「ティアラ、どうしたの?」
声を張り上げるが、聞こえていない様子だ。振り向くことはない。
彼女に近づこうとしたけれども、何故かそれ以上先に進めない。まるで、見えない壁があるかのようだった。
「おや、お嬢さん。こんなところで迷子かい」
闇の中から、誰かが出てきた。前に本屋で出会った、黒いローブを羽織った老婆だ。
「お婆さん、ここはどこかご存じですか? 私、気づいたらここに居たのです」
「夢の狭間で迷ったのでしょう。そういえば、前に貴方には助けてもらいましたね。一つ、お礼をしましょうかね」
「お礼?」
「やり直しの機会をあげましょう」
心臓が跳ねた。
どういうことだろう。ティアラは驚きと不信感を露わにして、老婆を見つめている。
「誰しも、やり直したいと思う過去があるでしょう? 私には、その過去まで遡って貴方を飛ばす特殊能力がある」
「まさか、そんなこと」
「出来ますよ。どんな過去へも、貴方は行くことが出来る。そして、もしも防ぎたい悲劇があるのなら、止めることだってできる」
老婆は淡々と言葉を紡ぐ。ティアラの目には、迷いが見える。
けれども、彼女が何を望んでいるのか、手に取るように分かる。
「私、大事なお姉様を、悲劇から救いたいの」
きっと、奪還戦を止めるつもりだ。
私が、間違わなかった道。
誰も傷つけなかった、そんな世界が作れるのならば。
ティアラにとって、いちばん良い世界なのでは。
『ティアラがいちばん幸せになることを選んでね。私の望みは、それだけよ』
以前に私が伝えた言葉に、何一つ嘘偽りは無い。
それならば、ティアラが次の世界に行くことが。
ティアラが、次の世界で私を救うことが。
いちばん、しあわせ?
彼女が、過去へと遡る姿が思い浮かぶ。
奪還戦が起きる前だろう。
私が狂ってしまう前に、元凶となる敵を止める。または彼女の攻略の力で、すぐに私を元に戻してしまう。
すべてを知っているティアラなら、いくらでも方法はあるのだ。
きっと彼女は、私を救うことが出来る。
主人公としての彼女の活躍で、悲劇を回避した世界が出来上がる。
彼女は笑っている。
ああ、あの悲劇は起きなかったのだと。これでお姉様は悲しむことは無いと、心からの笑顔を見せている。
私では無い、私に向けて。
「や、よ」
勝手に、言葉が飛び出す。
「いや、よ」
見えない壁を叩く。お願い、聞いて。
「いやよ、ティアラ。おねがい」
彼女が、次の世界に行ったら。
この世界は、ティアラが居なくなった世界になる。
彼女にとっての幸福な世界は、間違いなく奪還戦を防いだ未来だろう。
私が、今までにゲームで得た知識を利用して、皆の悲劇を防いだ世界を築いたように。
ならば、ここで彼女を止めることは、彼女の幸せを願えないことになる。
「行かないで」
それでも、私は叫んでいた。
駄目な姉のままの私は、叫び続けていた。
どれだけ叫んでも、涙交じりのかすれた声は、闇に混じって溶けていった。
「お姉様?」