いま、彼女は幸せです。

目を覚ませば、見慣れた自分の部屋だった。
私は居てもたってもいられず、身支度を終えるや否や、すぐにティアラの部屋へと向かった。
部屋の前まで来ると、ちょうどティアラの侍女が出てくるところだった。

「おはよう、ティアラはいる?」
「おはようございます、プライド様。申し訳ございません、今は外出しておりますが、すぐに戻られます。部屋でお待ちになりますか?」

私は頷いて、彼女の部屋で待たせてもらうことにした。
昨日の夢は、ただの夢だったのだろうか。そうは思えない。
ティアラもこの夢を覚えているのだろうか。
今は考えても仕方がない。ティアラが戻ってくるのを待とう。

「ティアラの部屋、変わっていないわね」

壁一面に本のページが貼られている。女の子らしい小物のある棚。
そうして辺りを見回していると、机上に置いてあった本に目が止まった。
開きっぱなしの分厚い本は、半分が白紙だ。どうやら書きかけのノートのようだ。

「これは、日記? いえ、それにしては」

文章中に私の名前があった。けれども、誰かに語り掛けるかのような文体で、日記のようには思えない。
どうしても気になって、私は本の最初のページを開いてみた。

『はじめまして。私はティアラ・ロイヤル・アイビー』

『私は本が好きです。物語が好きです。ずっと、本の中の主人公の様になれたらいいなって、思っていました』

『いつだってきらきら輝いている主人公。私にとって、それはお姉様でした』

『でも、お姉様がどんな人だったのか、知らない人も多いでしょう。王族としてのお姉様しか、知らない人がほとんどです』

『だから、私の知っている、ほんとうのお姉様を書きます』

どうやらこれは、彼女の視点で書かれた伝記のようだ。休みの間に、ずっとこの本を書いていたのだ。
きっと、民に私の姿がきちんと伝わっていないことを、ティアラは気にしていたのだろう。
民に向けて、私自身の歴史について語るつもりだ。
一体、私の何を書いているのだろう。

ドキドキしながら、次のページをめくってみた。

『お姉様は、料理がお上手ではありませんでした』

「ちょっとティアラ!?」

思わず本に向かってツッコんでしまった。それは民に向けて伝えなくてもいい情報だと思うけど!?

顔が熱くなるのを感じながら、私は本を読み進めてみた。私が今までにやってきたことを事細かに書かれている。
これだけ成功したのだと、これだけ周囲の人に喜ばれたのだと、大げさなほど誉め言葉に満ちている。
なんだか恥ずかしくてむずがゆい。

『私も、もっともっとお姉様の助けになりたかった。でも、奪還戦と呼ばれる悲劇が、お姉様を襲いました』

けれども、私の善行だけ書かれていたわけでは無かった。
奪還戦についても書かれていた。
敵の罠で私が狂気に落ちてしまい、いろんな人を傷つけてたことも、全て。

『悲劇に抗いながら、それでもお姉様は、みんなのために死のうとしました』

『みんなの幸せの為でした』

『我が民の為でした』

『私の為でした』

『狂気に染まったお姉様も、みんなを愛していました』

ティアラの視点で、彼女の思うままの言葉が綴られている。
唇をかみしめる。涙がこぼれてしまいそうだ。

『悲劇が起きてしまったことは、とても辛いことです』

『乗り越えなければならないことが、これからもたくさんあるのでしょう』

『あの悲劇をやり直せたら、と考えたこともありました』

『でも、どんなに傷ついても。それでも誰かのために尽くそうと前を進むお姉様が、私のお姉様です』

視界が滲む。もうこれ以上読めそうにない。
袖で涙を拭いながら、ようやく最後の一文を読み切る。

『お姉様が、世界で一番幸せになりますように』

祈りに満ちた言葉が、すっと私の心に入り込んでいく。

「何を言っているのよ、ティアラ」

嗚咽交じりの声で、私はひとり呟く。

「もう、幸せよ。こんなに想われて、幸せに決まってるじゃない」

ティアラが戻ってきたら、何を伝えよう。
たくさんの言葉が浮かんでは、どれだけ伝えても足りないと心が叫んでいる。

確かに言えることは。
『いま、私は幸せだ』と。
それだけは、迷いなく伝えることが出来る。

「いいえ、駄目よ。そんなのじゃ、足りないわ」

予言でなくても、ゲームの知識でなくても。
『いま、私たちは幸せだ』と。
お互いに胸を張って言えるような、そんな未来が訪れると断言できるのだ。