いま、彼女は幸せです。

午後は、私の提案で小さな本屋を訪れていた。
ティアラは本が好きだ。けれども王国にある本はどれも国内で流通しているだろう。
だから、大きな本屋ではなく、ちょっと外れた場所の、個人が経営している小さな本屋をいくつか回ることにした。

「あ、この絵本は昔読んでましたね!」
「懐かしいわ。ハッピーエンドで終わるところがいいわよね」

絵本のコーナーで、子供の頃に読んでいた絵本をぱらぱらとめくってみると、懐かしい絵がいくつも飛び込んできた。

「これも読んだことある気がするけど、王女様の話だったかしら?」
「そうですよ。これは王女様が異国を旅する冒険譚です」

ティアラが詳しくストーリーを解説してくれる。さすが根っからの本好きだ。細かいところまで覚えていて、すごいなと感心してしまう。

「貴方たち、王女様の話が好きなのかい?」

振り返れば、お客らしき黒いローブを羽織った老婆がいた。ティアラが小さく頷く。

「娘に絵本を買いたいと思うんだが、どれがいいかねえ?」
「あ、じゃあこれはどうでしょう?」

老婆は感謝を述べて、ティアラにおすすめされた本を片手にカウンターへと向かっていった。
何故わざわざ、店員ではなく私たちに声をかけてきたのだろう。少し不審に思ったが、それ以上特に何事もなく、会計を終えた老婆は店を出ていった。

「王女様か。この国の王女様も、嫌な噂を聞くよなあ」

ぼそりと、カウンターの向こう側にいた店員らしき青年が、深い溜息をこぼした。
その言葉が気になったのだろう。訝しんだ様子で、ティアラが店員に近づいていった。

「あの、噂ってどんな内容なんですか?」
「ああ、ここだけの話な。俺の友人から聞いた噂なんだけど」

こんな噂はよくあることだ。数年前は、ジルベール宰相が悪い噂を流していたこともある。根も葉もない噂なら、自然と消えていくだろう。放っておいておくべきだ。
ティアラを止めようとしたが、どうやら店員の言葉を否定する気満々のようだ。

「プライド王女様が、教師の足をペンで刺したそうだ。しかも『面白いから』という理由で」

息が詰まるかと思った。
それは、噂ではない。事実だ。
ティアラも、固まったまま何も言えずにいる。

「足に傷は残っていないそうだけど、とても怖がっているそうだよ。そんなのが王女だとしたら、この国の行く末も不安だな」

殺気。
まずい。愕然としている場合ではない。店外の殺気は、恐らくハリソン副隊長だ。今にも突撃してきそうな気がする。きっと他の騎士が必死に止めているだろう。早く出なくては。

私はティアラの手を引いて、そっと狭い店内から抜け出した。

「ティアラ、ごめんなさい」

外に出て、深く息をつく。
教師には、十分な治療費や賃金、謝罪の手紙も送った。
けれども、それでも私が傷つけたものは、全ては元には戻せない。
まさか、こんなところでその事実を突きつけられるとは思わなかった。

「いいえ」

うつむいたティアラが、悲しげな声で首を振る。

「私が、もっと、もっと早くに止めていられれば」

そのまま、ティアラは胸をぎゅっと抑えて、押し黙ってしまった。
私は、何の言葉をかけてあげることも出来なかった。