9話 ただの友人

 呪術医は、自然を大事にすべし。
 先祖代々からの教訓だ。
 だからこそ、私は日々のルーティンもきっちりと守る。
 睡眠は決まった時間にしっかりと確保、自然観察は毎朝行う、休憩時間のお茶も丁寧に淹れる。

 そんな愛すべき日常に、雑なノックの音が入り込む。

 どうせあの薬師だろう。
 最近現れた彼女は、私の日常を破茶滅茶に壊していった。
 家のドアを開けなければ、延々とノックされる。それに万が一の急患の可能性もある。
 私は渋々と扉を開けた。

「やあ、呪術医さん、おはよう。勝手にお邪魔しまーす」

 予想に反して。
 そこに立っていたのは、細目の男だった。

「何しに来た、都の医療協会の下っ端」
「下っ端なんてひどいな! ティーに聞いていたけど、本当に都が嫌いなんだな」

 確か、コリンという名前だったか。
 追い払おうとしたが、当の本人はするりと家に入り込んで、近くの椅子に座った。

「薬師の知り合いか?」
「ただの友人だよ。彼女、ここに居ない?」

 さあな、と私は突き放すように答える。

「じゃあ勝手に待たせてもらうよ」
「邪魔だ、出ていけ」

 どれだけ言っても、男は笑顔を浮かべているだけで、どこ吹く風。
 そうか。この男も、あの薬師と同じタイプの人間か。

「彼女、元気にしてる? 村の入り口に居たレンジャーに聞いたら、この家によく入り浸ってるって聞いてさ」
「キミと同じように、勝手に上がり込んでるだけだ」
「なるほど。ティーは元気そうだな! こんなに面白い遊び相手がいるんだから!」

 心底楽しそうに笑い声をあげる男に、私は思わず眉根を寄せた。
 こうして、私の日常のリズムは崩されていく。
 だが、最近はその崩れた日常も、当たり前になりつつあった。
 嵐のような彼女の、明るい声が響く日々。そんな時間が毎日続けば、それもまた日常に取り込まれていく。

 なるようになれ、と思いつつあった。
 けれども、そう思えるのは彼女だけだ。
 この細目の男では、無い。

「キミと彼女が友人だというのは、よく分かった。人の話を聞かないところがそっくりだ」
「そうかなあ。オレは彼女みたいに、すごい奴ではないよ?」
「すごい奴?」

 男は自慢げに頷く。

「ティーが協会に入りたての頃、素材の採取中に、モンスターに襲撃されてね。オレも他の薬師も慌てて逃げ出す中、彼女だけが立ち向かった」

 想像がつく。原野での彼女の戦いぶりは、何度か目にしていた。

「その後、彼女の評価はどうなったと思う?」
「一気に出世でもしたか?」
「怖がられたよ。普通、薬師が戦うことあまり無いからね」

 男は肩をすくめながら、淡々と答えた。
 ふと、戦う彼女の、目を思い出した。得物を狩ることしか考えていない、殺気に満ちた目だった。

「何で戦えるのかって聞いたけどさ。『昔から強かったんだよー』って、笑って躱されたよ」

 厳しい傭兵の環境に居た、という彼女の過去。
 私だけが、知っていたのか。
 友人だという彼にも、教えていなかった。
 その事実に、どうして、優越感を覚えてしまう己が居るのだろう。

「ま、オレともう一人の同僚で、ティーとは仲良くなったんだけどね。その話、聞きたい?」
「興味が無いな」
「そんなこと言わずにさ、聞いてくれよ」

 無意味な押し問答を続けていると、唐突に家のドアが開いた。

「マテオさーん、おはようございます! 勝手にお邪魔しましたよー」
「どっちも帰れ」

 無駄に騒がしくなった。
 どうやら、今日もまた煩わしさに一段と磨きがかかる、そんな一日になるようだ。