きっと泣くだろうな、と想定していた。
彼女から告白をされたら、どう対応しようか。
泣いたら、どう言葉を投げかけようか。
その準備は、悲しくも役に立ってしまった。
『この話は、なかったことにしようじゃないか』
用意していた言葉を並び立てていた時、彼女の顔から、表情は消えていた。
去り際に、泣かずに、悲しそうに微笑んだ。
それだけだった。
これで良いのだ、と自分に言い聞かせた。
それなのに。
『そこで、キミには引っ越してもらいたくてね』
酒場で偶然、市長と彼女の話を聞いてしまった。
別の所に、引っ越す?
もう二度と、会えなくなる?
向こうは、私が引退すると伝えた時、あんなに引き止めたのに?
冗談じゃない。
駅に向かった。
市長の後ろ姿が見えたが、薬師の姿は見当たらない。
まずは市長と話をつけねば。
「マイヤー、待つんだ!」
「おや、マテオじゃないか」
「薬師を追い出すとは、どういうことだ!」
市長は不思議そうな顔をしている。
「追い出す? ああ、引っ越しの件か。その話なら、断られたよ」
「断った? 薬師が?」
「そうだよ。ムーンベリーの、他の大きな家を勧めたが、遠慮するってさ」
市長の落ち着いた声に、次第に冷静さを取り戻していく。
この村の、他の家に引っ越し?
頭の中で物事が繋がっていく。
どうやら私の、ただの勘違いのようだ。
「すまない。私の、早とちりのようだ」
「やれやれ。マテオ、キミは少しでいいから、素直になったほうがいい」
ポン、と軽く肩を叩かれて、市長は去って行った。
それが、私の背中の一押しになった。
私はもう、自分に嘘はつけないのだ。
彼女にこの想いを、伝えたい。
駅に一人残された私は、村に戻ろうと踵を返した。
その時。
視界の端に、夕焼け色を捉えた。
電車に乗り込んだ、荷物を持った人影。
「ティー! 行くな!」
叫んだ。
何故、電車に乗っている。
この村から、出ていくというのか?
電車に乗り込み、先ほどの人影を探す。
隣の車両に、先ほどの夕焼けが僅かに見えた。
扉を開けるや否や、とっさに腕を伸ばして、その手を掴んだ。
「っ!?」
違和感。
彼女と同じ、夕焼けのケープ。
だが掴んでいたのは、男性の手だ。
訝し気な赤色の目がこちらを捉えた。
髪の赤色が、妙に鮮やかだ。
「すまない、人違いだった」
赤髪の男は、不愛想な表情を浮かべたまま、無言だった。
私は他の車両も見ることにした。
何故、彼女がどこかに行くと思ったのだろう。
引っ越しはしないと、先ほど聞いたではないか。
それでも、妙な胸騒ぎがするのだ。
.
「そうか、名前を変えている、とは聞いていたが」
電車の窓ガラスの向こう側に、小さな村が見える。
「ここに、隠れていたのか」
ガラスに、己の燃えるような赤色が映る。
