14話 早とちり

 きっと泣くだろうな、と想定していた。

 彼女から告白をされたら、どう対応しようか。
 泣いたら、どう言葉を投げかけようか。
 その準備は、悲しくも役に立ってしまった。

『この話は、なかったことにしようじゃないか』

 用意していた言葉を並び立てていた時、彼女の顔から、表情は消えていた。
 去り際に、泣かずに、悲しそうに微笑んだ。
 それだけだった。

 これで良いのだ、と自分に言い聞かせた。
 それなのに。

『そこで、キミには引っ越してもらいたくてね』

 酒場で偶然、市長と彼女の話を聞いてしまった。

 別の所に、引っ越す?
 もう二度と、会えなくなる?
 向こうは、私が引退すると伝えた時、あんなに引き止めたのに?

 冗談じゃない。

 駅に向かった。
 市長の後ろ姿が見えたが、薬師の姿は見当たらない。
 まずは市長と話をつけねば。

「マイヤー、待つんだ!」
「おや、マテオじゃないか」
「薬師を追い出すとは、どういうことだ!」

 市長は不思議そうな顔をしている。

「追い出す? ああ、引っ越しの件か。その話なら、断られたよ」
「断った? 薬師が?」
「そうだよ。ムーンベリーの、他の大きな家を勧めたが、遠慮するってさ」

 市長の落ち着いた声に、次第に冷静さを取り戻していく。
 この村の、他の家に引っ越し?
 頭の中で物事が繋がっていく。
 どうやら私の、ただの勘違いのようだ。

「すまない。私の、早とちりのようだ」
「やれやれ。マテオ、キミは少しでいいから、素直になったほうがいい」

 ポン、と軽く肩を叩かれて、市長は去って行った。

 それが、私の背中の一押しになった。
 私はもう、自分に嘘はつけないのだ。
 彼女にこの想いを、伝えたい。

 駅に一人残された私は、村に戻ろうと踵を返した。

 その時。
 視界の端に、夕焼け色を捉えた。
 電車に乗り込んだ、荷物を持った人影。

「ティー! 行くな!」

 叫んだ。
 何故、電車に乗っている。
 この村から、出ていくというのか?
 電車に乗り込み、先ほどの人影を探す。

 隣の車両に、先ほどの夕焼けが僅かに見えた。
 扉を開けるや否や、とっさに腕を伸ばして、その手を掴んだ。

「っ!?」

 違和感。
 彼女と同じ、夕焼けのケープ。
 だが掴んでいたのは、男性の手だ。
 訝し気な赤色の目がこちらを捉えた。
 髪の赤色が、妙に鮮やかだ。

「すまない、人違いだった」

 赤髪の男は、不愛想な表情を浮かべたまま、無言だった。
 私は他の車両も見ることにした。
 何故、彼女がどこかに行くと思ったのだろう。
 引っ越しはしないと、先ほど聞いたではないか。

 それでも、妙な胸騒ぎがするのだ。

.

「そうか、名前を変えている、とは聞いていたが」

 電車の窓ガラスの向こう側に、小さな村が見える。

「ここに、隠れていたのか」

 ガラスに、己の燃えるような赤色が映る。