彼女に、惹かれていた。そんな私が馬鹿だった。
少しでも心動かした自分が愚かしい。
「ねえ、そこのジュジュツイサン」
街道を早足で進む。
市長に、話をせねば。
都の薬師は逃げ出したと、今すぐ報告せねばならない。
「ちょっと、聞いているの?」
怪しい男を村に入れていたことも伝えねば。
思い出せば思い出すほど、はらわたが煮えくり返りそうだ。
「こら、待ちなさい」
唐突にマントを引っ張られ、思わず転びそうになった。
「誰だ!」
「ハーイ、モイラよ。あと面倒くさい連れが一名」
「普通にコリンって呼んでくれよ」
「間違ってないでしょ? で、どうしたのよ、そんなに眉間にしわを寄せて」
「あの薬師は、出ていくそうだ」
ツリ目の女性と細目の男は、きょとんとした顔をしている。
「変ねえ。私たちと昨夜飲んでたときは、そんな話は無かったけど?」
「妙な赤髪の男が来て、彼女の様子がおかしくなった。話を聞いても、何も言わないのだ!」
二人の顔色が、変わった。
空気が、張り詰める。
「コリン」
「了解」
二人は互いに目だけで何かを伝えあった。細目の男が去って行く。
「ねえ、他に何か言ってなかった?」
「薬師をタウと呼んでいた。何か知っているのか?」
「ええ、これをあなたに話すべきでは無いのだけど。今は緊急事態だから、教えるわ」
彼女は早口で語りだす。
「昔、タウという女の子がいた。彼女はある傭兵団から逃げ出して、小さな村に隠れ住んでいた。でもその村は、突然現れた赤髪の男に燃やされた」
「燃やされた? 何故?」
「彼女を探すため、たったそれだけの為に。幸い、死傷者は出なかったし、男もすぐに捕まった。けれど、彼女は自分のせいだと、己を責め続けた」
想像していた以上の重い過去に、思考が止まりそうだ。
「その後、ティーと名前を変えて、いろんな場所を渡り歩き、今に至る。以上よ」
「何で、そんなことを知っている。薬師が、それを話したのか」
「仕事柄、過去を調べておくの。出自の怪しい人間が医者だと困るでしょ」
歯噛みする。
薬師の事情を知っても、自分が何も出来ないでいる事に。
「なら、何故その男が今ここにいる?」
「分からないわ。もう刑は確定していて、牢屋で一生を過ごすはず。これは推測だけど、こっそり脱獄でもしたのかしら」
ならば、まず市長にそれを報告すべきか。その前に警察署に行くべきか。
悩んでいると、女の視線が突き刺さった。
「それで、あなたはどうしたいの?」
「どうしたい、とは」
「私はティーの過去を話した。本来、知るべきではない情報をね」
何を言いたいのかは、理解できる。
だがそれでも、私は無力なのだ。
彼女を助ける理由が、私には、もう無い。
「私は、何もできない」
「助けが必要な人を、助けないと? 呪術医なのに?」
「呪術医だからだ」
呪術医として、厄介な患者に出会うことがある。
医者を信用しない患者だ。
病を得ても、何も口を開かない。そうなると、こちらも助けようがない。
理由を伝えても、目の前の女は納得していないようだ。
「彼女は、助けを求めていなかったの?」
「何も」
薬師が男と話していた時、思わず間に入ってしまった。
彼女が、助けを求めていたわけじゃない。
気づいたら、身体が動いていた。
それだけだった。
「なら、あなたのしたいようにすればいい」
突き放すような言葉だ。
ふいに、足音が近づいてきた。先ほどの細目の男が戻ってきた。
「モイラ。まずティーの行方から。レンジャーに聞いたら、原野の北の方に向かったってさ」
「どうして追わないの」
「オレの役目じゃないからさ」
なぜ原野に向かったのか。
一瞬悩んだが、すぐに理解した。
おそらく、この村から出るための駅は、赤髪の男が見張っているだろう。一番危険なルートから、村を出ようとしている。
彼女は、強い。
私が助ける必要なんて、無い。
それでも私は、原野に走った。
呪術医として、助けを求めない人を、助ける理由なんてない。
だが、私が、彼女のことを助けたい。
それが、理由だ。
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「さて。後はジュジュツイサンに任せるとして。他に報告は?」
「赤髪の男、確かにいたよ。駅で待ち伏せしてる」
「そう。なら行きましょうか」
駅に向かう。確かに、無駄に目立つ赤色の髪だ。
ティーと同じ色のケープをまとっている。
「やあやあ、薬師を探しているんだって? オレが相手をしようか?」
「薬師が必要そうな病人には見えないけどね」
話しかければ、男から不愛想な表情が返ってきた。
「お前ら、誰だ。アイツと、どんな関係だ」
二人で目を合わせて、にやっと笑う。
「ただの友人、さ」
「ちょっと親友、よ」
