第一王子ステイル、二日目。
2.
様々な推測と思考を重ねた結果、この状況は三日間の辛抱だと結論付けた。
俺一人だけが、まったく別の世界に来た。しかも、悪政を敷いた姉君が女王として殺された世界だ。
ふざけるな、と何度悪態をついたところで、この世界の状況が変わるわけでもない。国が歓喜で包まれる中、この部屋だけが静かに冷え切っていた。
「それで、どうして三日間なのですか? ステイル?」
この世界に来て、二日目の昼。この世界の状況を教えてくれた、この世界のティアラが尋ねる。俺の知っているティアラではない、と分かっていても。なんだか奇妙な気分だった。
「昨日、姉君と一緒に馬車で城下視察していて、道に迷った老婆に出会ったんだ」
汚れた襤褸布を纏った、見るからに最下層の老婆だった。道に迷ったようで、通りすがる人々に助けを求めていた。
誰もが関わりを避けて老婆を無視するその光景を、姉君が悲しそうに見つめていた。理由はそれだけで十分だった。俺は、馬車の窓から顔を出して、老婆に目的地までの道順を教えた。
老婆はしわだらけの満面の笑みを見せて、俺に告げた。
『感謝するよ。お礼に、貴方に三日間の旅を差し上げましょう』
『旅?』
『別の人生を歩める旅ですよ。きっと、有意義な旅路になるでしょう』
その時は、何のことか分からなかった。だがこの状況を考えると、何かの特殊能力の持ち主だったのかもしれない。己が、別の人生を歩んだ世界を見せる力。そうでも考えないと、自分の身に起きている出来事の説明がつかなかった。
だが、逆に考えれば、三日という期間のみで済むのだ。このまましばらく様子を見てみよう。この世界のどこが有意義なのかと、文句を言いたくなるが。
「ねえ、ステイル。良ければ、お願いがあるのですが」
「お願い?」
「貴方の世界の、お姉様について教えていただけませんか?」
ティアラの真剣な目が、俺を貫いた。断る理由もない。むしろ、思い知らせてやりたい。お前らが殺して喜んでいる人物が、どれだけ皆に愛された人だったのかを。
俺は姉君との出会いから今までのことを、ティアラに語った。養子の俺に、母親との繋がりを残してくれたこと。国と国を繋ぎ、常に民のことを考えていたこと。優秀な力と知識を持って、それを他人のためだけに尽くして。自分のことを顧みない。ずっとそばで支えたい人だと。
姉君のことについてなら、いくらでも話せる。それだけ、姉君が己の全てだった。
ティアラは時々相槌を打ちながら、俺の話に耳を傾けてくれていた。気づけば、あっという間に日が沈んでいた。
「すまない、こんなに長話をしてしまって」
「ううん、いいの」
そう告げた彼女の顔を見て、俺は唖然とした。
ぽろぽろと、彼女の目から透明な涙がこぼれていく。まるで宝石のようなそれは、彼女がぬぐってもぬぐっても、次から次に落ちては、床に沈んでいく。
「良かった。お姉様が愛されている世界は、ちゃんとあったのね」
その言葉に、心臓がぎゅっと、握りしめられた。
沸き上がってきた想いは、暗い喜びなのか、かなしくてもあたたかいものなのか。
自分でも、よく分からずに。泣いている彼女に、俺は何も出来ないままだった。
こんな世界、壊してやる。
姉君の死を喜ぶ声が聞こえてくるたびに、怒りが俺の全身を支配した。
この世界も民衆も、存在すら許したくない。こんなふざけた世界を壊せるなら、俺はいくらでも悪に染まれただろう。
けれども、こんな世界でも。
姉君を愛した、たった一人がいた。
その一人がいることで、俺は何処か、救われた気がした。
本当に、そう思っていたんだ。
この世界で、ティアラが、姉君の心臓にナイフを突き刺したと知るまでは。