摂政ステイル、二日目。
5.
丸一日かけて、ようやく事態は落ち着きを見せ始めた。
プライド様の予知によれば、この世界とは違う生き方をしたステイルが、三日間だけこの世界に来たのだという。プライド様の言葉なら、信用できる。
三日という期間が出来たことで、周囲もようやく安堵の息をついた。後は、何事も無いようにこのステイルを見張ればいい。
「で、お前はまだプライド様を殺したいのか?」
「あの女王がどれだけ人でなしか、まだ聞き足りないのか?」
「俺が知っているのは、民の為に尽くすプライド様だ」
お前の知っているプライド様じゃない、と何度説明してもこれだ。理解しても、同じ姿をした人物が生きているだけで憎いのだと、最初は騒ぎ喚いてばかりいた。
ソファに二人きりで向かい合って、粘り強く話し合った。男は悪態をつくばかりだが、俺はしつこくプライド様の話をした。それほど、男の話すプライド様と、俺の知ってるプライド様の実像はかけ離れていた。
このステイルは、ティアラのことだけは何故か信用しているらしい。初日はティアラが説得して、何とか落ち着かせることに成功した。
そして幸いだったのが、このステイルが瞬間移動を使えなかったことだ。念のために能力を封じる枷をつけることも検討されたが、ティアラの前では大人しくなったこともあって、部屋に軟禁するだけで話はついた。
「俺はお前がどんな奴なのか知らない。ただ、プライド様に何かしようとするなら、お前を手足を叩き折ってでも止める」
「俺が、お前の知ってる俺じゃないからか?」
「俺の知ってるお前でも、叩き折る」
大事なものを護るためなら、大事なものを傷つける覚悟も必要だ。
俺がこの奪還戦で得たものがあるなら、その決意だった。例え、俺の知るステイルだとしても、必要があれば俺は容赦なく剣を振るう。
そう宣言した俺に、ステイルは奇妙な目を向けてきた。どこか面白がるような視線だ。何か、企んでいるのか。
「そんな怖い顔をするなよ、騎士団長」
「その呼び方もやめろ」
「どうせ三日間だけの仲だろう?」
話を聞けば、このステイルの世界では俺の親父が亡くなっているそうだ。しかも、その結末を招いたのがプライド様だという。
宰相のジルベールが、彼の世界はプライド様が狂い続けてしまった世界ではないか、と推測していた。
この男の話を聞けば聞くほど、確かに絶望だけに満ちた世界だ。
だが、そうだとしても。
「じゃあ、一つ、言わせてもらっていいっスか」
友と接するように、口調を崩した。面倒になってきたのだ。
この男は、ステイルではない。別人だと思っている。だが、完全にステイルとは違うとも言い切れない。ややこしすぎる。
こんな複雑なことを考えるのは向いていない。早くステイルに帰ってきてほしい。
「お前がどう思っていても。俺らは、俺らの大事なプライド様を、奪還した。取り返したもんを壊そうとするなら、覚悟を決めてもらう」
長年の付き合いで、ステイルがどんな奴なのかは分かっている。
こいつが同じ人物とは考えない。だが、こんな言葉で止まる奴では無いだろうとも、推測できた。
「俺も、戦ったさ。そして、女王のいない世界を手に入れた」
「その世界は、幸せか?」
思わず問いかけた言葉に、ステイルの表情から、すっと笑顔が剥がれ落ちる。
ああ、これは。同じ光景を、今までに何度か見てきた。珍しく、本音を話す瞬間だ。
「何で、こんなところにきてしまったんだ」
深いため息の後、男は胸の内を吐露する。
「神様に、『お前は間違っている』と、突きつけられてる気分だ」
思わず、顔をしかめた。
プライド様が居ない世界だなんて、認めたくはない。
けれども、目の前の男を。ステイルを否定するのは、何かが違う気がした。
「別に、何も間違ってねえだろ」
だから思わず、口を出してしまった。
「お前も、俺の知っているお前も。きっと、同じだ。自分の願いだけを、がむしゃらに叶えようとしている。そんだけだろ」
思うままを伝えてみれば。目の前の男は、俺の言葉を持て余したかのように、苦笑している。
「お前が、俺にそんなことを言うなんてな」
「そっちがどうかは知らないけど、俺らは友人だ」
どうやら向こうの世界では、俺とステイルは随分と仲が悪いらしい。男は笑みを浮かべるのに失敗したような、奇妙な顔をしていた。
「本当に、別の世界なんだな。ここは」
「だから言ってるだろ。こっちの世界のプライド様まで殺したって、意味ねぇんだ」
男は口元に苦笑を浮かべながら、首を振った。
「意味なら、あるさ」
「どんな意味だよ」
「俺も、手を汚せる」
思わず、首を傾げた。
ステイルは暗い笑みを浮かべたまま、自分の手のひらを見つめる。
「ティアラと同じ罪を背負って、生きることが出来る。」
「いや、ふざけんな」
「大真面目だよ、俺は」
どうやら、向こうの世界ではティアラがプライド様を殺したらしい。
俺は思わず頭を抱えた。最悪だ。どんな世界だ。俺なら一瞬でも居たくない。
「俺が間違いだっていうのなら。間違い続けてでも、光を取り戻す」
「お前なあ」
「そのつもりだったけど、やめるさ。俺は間違っていない、とお前がうるさいからな」
ステイルから殺気が無くなったように見えて、俺は肩の力を抜いた。
ようやく、プライド様のことを諦めてくれたらしい。後は何事もなく時間が過ぎてくれればいい。
そんなはず、無かったが。