暁の旅路に、こいねがう。

第一王子ステイル、三日目。

3.

「本当なのか?」
「はい。本当です」

綺麗な三日月が浮かんだ、三日目の夜。
荒れ果てた庭園は、妙に静かだった。虫の音も、人の声もしない。時々、かすかな風が木々をざわめかせるだけ。
花を根こそぎ抜かれた荒地にて、一輪の金が咲く。

「その時のナイフも、ありますよ」

手を伸ばせば届く距離で向かい合った俺に、ティアラはナイフを見せつけた。暗くても分かる、赤色で汚れた刃。愛する者の命を奪った武器。

「ステイル。お姉様の命を奪った者を、どうしたいですか?」

今、目の前のティアラが望んでいることは何だろう。
姉を殺さねばならなかった罪を、断罪してほしいのか。
姉を討ってから、彼女は苦しみ続けただろう。そんな中で、姉を慕っている人物が現れたのだ。俺が、彼女を断罪する役目にふさわしいと思われたのか。

「俺は、この世界のステイルじゃない」

この世界のステイルがどこにいるのかは不明だ。探した限りでは、この世界では見当たらなかった。もしかすると、逆に俺の世界に行っているのかもしれないが、調べようがない。

「ティアラが今、どんな想いで俺に向かい合っているのか。俺には分からない」

どうするのが正解か、俺には分からない。
彼女を殺そうと思えば、殺せるだろう。この世界の俺に邪魔されずに。
俺の、意味のない復讐心を満たすためだけに。

それは、本当に意味のないことだ。
何故なら。

「ティアラが死んでしまうことで。嘆き悲しむ人が、確実に居る」
「この世界の、ステイルですか?」
「違う。この世界の、姉君だ」

ティアラが、まるでぎゅっと心臓を掴まれたかのように、悲痛な表情を見せる。
この世界の姉君がどれだけ人々の心に深い傷跡を残していったか。彼女から話を聞いて理解している。姉君の命程度では、拭いきれないほどの大罪だろう。

「お姉様は、私のことを、ずっと罵り続けました」
「それでも、姉妹との関係に憧れていたと、言っていたな」
「ええ。憧れだったんです。でも、ただ憧れていただけで、私はその未来を掴めなかった」

俺の知らないティアラが苦しむ姿に。姉君を殺したのだから当然だ、という思いが、無いわけではない。
でも、姉君が愛しているティアラが。俺も護りたいと思っている、大事な義妹が。
悲しむ姿を、見たくない。例え、違う存在だとしても。

「俺の世界の姉君が、この世界と同じように狂気に染まったことがある」

まだ話していなかった奪還戦の話を、俺は要約して話した。
敵国に操られて、心を狂わされてしまった姉君を、皆の力で止めた。優しい姉君を、取り戻した。

「だから、もしかしたら、この世界でも。どうしようもない理由があったのかもしれない」

そう思わずにはいられない。
理由もなく、悪逆非道な行いをしたのだと。それが彼女の本質だったのだと。
そんなふざけたこと、どんな世界でも、俺は否定し続けてやる。

「姉君は、やさしい人だったんだ。ティアラがやさしいように」

カランと、音を立ててティアラの手からナイフが落ちた。
顔を両手で覆い、膝をついてティアラが大声で泣きわめいた。今までずっと耐えてきた緊張の糸が、切れてしまったのだろう。

みんな、幸せになってほしい。
ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに難しいんだろう。
今は少しでも、彼女のかなしみが小さくなるように。俺は彼女の震える肩を、優しく撫で続けた。

「ステイル。お願いが、あります」
「俺に出来ることなら」
「どうか、貴方のお姉様を、幸せにしてあげてください」

当然だ。こんな未来にならないように。俺は必ず、姉君を護り抜いて見せる。
そんな俺の決意が伝わったのか。ティアラは涙で濡れた顔のまま、かすかに笑って見せる。

「それじゃあ、早く帰ってください」
「ああ。このまま日付が変われば、帰れるはずだ」
「ええ、そうして。私のステイルを、早く返してください」

『私の』?
何か、違和感を感じた。訝しむ俺をよそに、ティアラはくすくすと笑う。

「ステイルは、私をずっと励ましてくれて。不安に襲われる私を、たくさん抱きしめてくれて」

ん?
ちょっと待て。俺が、ティアラに?

「そしてステイルは、私の傍に一生居てくれると、約束してくれました」
「え、待て、待てっ! 何してるんだこの世界の俺!?」

完全に動揺した俺を見て、今度こそティアラは笑いだす。
そういえば、ティアラは『お兄様』ではなく『ステイル』と呼んでいた。
この世界で、俺とティアラはそういう関係だったのか!?

「ふふっ。そっちの世界がちょっとだけ、羨ましいから。ちょっとだけ、仕返しです」

そしてティアラは、それ以上詳しい話を教えてくれることは無く。
悶々としたまま、俺はこの世界を去ることになった。