ぼくはガラスのバラになりたい

2.

『いい子でいれば、女神さまや天使さまが助けてくれるよ』

ぼくの両親は、そんなすごいお話をしてくれた。

『へえ、女神さまに天使さまってすごいんっすね! どこに居るんっすか?』
『彼らは目には見えないけれど、バジルがいい子にしていれば、かならず奇跡を起こしてくれるんだよ』

そんなすごい奇跡が起こる日を、ぼくは楽しみに待っていたんだ。

ぼくの家は、たべものが少なかった。
だからぼくは、いつでもいい子でいようと決めた。
家族のみんながこれ以上困らないよう、ぼくは一人で旅立った。
きっと、女神さまが助けてくれると信じて。

ひとりぼっちの旅は、さみしくてさみしくて、おなかとせなかがくっつきそうだった。
目の前がくらくらし始めた時、ついにぼくは山道を転がり落ちてしまった。
もうだめだ、と思ったとき。出会えたのが、キラキラのケーキと、ぼくの天使さまだった。

***

あれはまだ、天使さまとあの人がマルシェにいた時のことだ。

「フェンネルさん、その食材もぼくが持つっす!」
「無理しなくていいんだよ、バジル」
「無理しちゃだめなのは、フェンネルさんの方っすから!」

パティシエの天使さまがいるマルシェは、いつも大繁盛だった。ライバル商社と売上で競い合った毎日は、とてもにぎやかで楽しいものだった。
最初は失敗続きだったぼくも、ようやくいろんなお手伝いが出来るようになった。
はやく大人になりたい。
もっともっと、天使さまの助けになりたい。
だから食材の買い出しの日だって、ぼくはたくさんのフルーツが入った紙袋を持たせてもらおうと、天使さまに手を伸ばしていた。

「そんなに重くないから大丈夫だよ」

にこやかに断った天使さまの顔が、途端に曇った。
どうしたのか、と尋ねる前に。天使さまはぼくに荷物を押し付けて、小走りで道の角を曲がって路地裏に消えた。

ぼくも慌てて路地裏を覗き込んでみれば、そこには料理アドバイザーの女性がいた。マルシェの責任者で、みんなを気にかけてくれているすごい人だ。ぼくにもいつも優しくしてくれている。
どうやら、黒いローブを着た人と何か話し込んでいるようだ。ウィッチだろうか。責任者さんに向かって何かを怒鳴っている。
こわくて足がすくんでいるぼくとは逆に、天使さまがすかさず二人の間に割り込んだ。ウィッチはたじろいで、舌打ちして二人から離れていった。

ぼくがほっと胸をなでおろしていると、今度は天使さまが責任者さんに向かって小言を言い始めた。

「まったく。どうして君はいつもそんなに無防備なんだい?」
「別に、無防備じゃないよ」
「だったら、こんな人気のない場所に来ないこと。それに、僕に対しても警戒してほしいね」
「何で? フェンネルといると安心するよ?」

彼女といる時の天使さまは、別人だ。
いつも以上に笑っている。元気になる。怒っていても、どっか楽しそう。
具合が悪そうな様子なんて、彼女にはちっとも見せない。

二人を見ていると、なぜか胸がどきどきしてしまう。
彼女が天使さまのたいせつな人なんだって、すぐに分かった。

***

ほんとうに、彼女はすごい人なんだ。
天使さまがついに倒れてしまった時も、彼女はぼくと一緒に、存在するかも分からないガラスのバラを探してくれた。
そしてたどり着いた場所で、天使さまの両親からガラスのバラを譲り受けて、天使さまは元気になった。

その後から、天使さまは生き生きとした様子でパティシエの仕事を続けていた。
けれども、何かが今までと違う。
二人でいることが、少なくなった。どこかさみしそうな横顔で、天使さまが彼女を見ている。
一緒に居ればいいのに、とぼくは思うのに。天使様はいつも一歩引いているような印象を受けた。

「天使さまは、あの人と一緒に過ごしたいって、思わないんっすか?」

マルシェの終わりが近づいてきた。それは、彼女とのお別れも意味する。
お別れがさみしいなら、天使さまが王都でキッチンカーを開けばいい。そらが駄目なら、あの人に天使さまの故郷に来てもらうようお願いするのはどうだろう。
その考えを天使さまに提案してみたけど、静かに首を振るだけだった。

「僕はずっと、彼女のいちばんになりたかったんだ」
「今でも、そうじゃないんっすか?」
「彼女のいちばんじゃなくても。僕のいちばんは、彼女だから」

何故だろう。
このままじゃだめだ、とぼくの心の奥が警鐘を鳴らしていた。
二人は、ずっと一緒に居るべきだ。

「それ、あの人に伝えたらいいと思うっす! きっと、フェンネルさんと一緒に居てくれるっす!」
「ダメだよ」

天使さまが首を振る。どうして断るのか、ぼくには分からない。

「バジル、おねがいだよ。このことは、彼女には言わないでくれ」
「でもそれだと、あの人は何も気づかないままっす」
「彼女にはね、進むべき道がある。その道を、僕の為に犠牲にしてほしくないんだ」

理解できないのは、ぼくが子供だからだろうか。
ぼくは胸が苦しくて仕方が無かったけれど。
頷くことしか、できなかった。

ほんとうに、天使さまはそれだけでいいのだろう。
彼女との思い出だけで、この先も過ごしていけるのだろう。
天使さまがいつもキラキラしている理由が、分かった気がした。