5
「何故、私がこんなことをしなければならないのだ」
心底めんどくさそうな低い声。いったい、誰の声だろう。
聞いたことがある気がするが、思い出せない。
恐る恐る、目を開けてみる。
見たことが無い天井。見たことが無い豪華な部屋。ぼくがいるのは、白くてやわらかなベッドだ。
ここはどこだろう。
「仕方がないから助けただけだ。ん、何だ、後ろを見ろ?」
部屋の窓際に、黒い影が一つ。
誰かと喋っているようだが、その人以外には、誰も見当たらない。
ぼくの方を振り向いた黒い影が、近づいてきた。
「気が付いたのか」
真っ黒なスーツの男性。特徴的なシルクハット。
そうだ、ぼくはこの人を知っている。
「えーっと、もしかして、オニオンさん?」
思い出した。天使さまのいるマルシェが戦っていた、ライバル企業のオニオンさんだ。
「君は、マルシェの一員だった子供だな。あんな森の中で何をしていた」
「ぼくは、ガラスのバラを探していてたっす。そうしたら、どこにいるのか分からなくなったっす」
「ただの迷子か」
思わずびくりと身体が震えた。
以前は、目が覚めたら天使さまに出会えたが、今は悪魔に出会ったような気分だ。
けれども、助けてくれたのなら悪い人ではないはずだ。
ぼくはこわごわと尋ねてみた。
「どうして、ぼくを助けてくれたっす?」
「『君を助けろ』とうるさく言うやつがいた。今もあれこれ騒いでいてやかましい」
どういうことだろうか。ここには、ぼくたちの他に誰かが居るのだろうか。
「あの、オニオンさんには、何か見えないものが見えているんっすか?」
「さあな。勘違いでは?」
深いため息をつかれた。苛立った視線が、聞くな、と言外に語っている。
「だったら、ガラスのバラをお願いしてほしいっす! もしかしたら、叶えてくれるかもしれないっす!」
聞かれたくない、と分かっていたけれども、気づけばぼくはオニオンさんに期待の視線を向けていた。
しばらく無言だったが、ぼくが諦めるつもりが無い、と悟ったのか、しぶしぶと口を開いた。
「何か居たとしても、それは私にしか見えないものだ」
「じゃあオニオンさんがお願いしたら、聞いてくれるっすか?」
「出来るのなら、そうしている」
オニオンさんにしか見えない何かでも、無理だ、ということなのだろうか。
ようやく希望が見えた、と思ったのに。ぼくは思わずしょげ返ってしまう。
オニオンさんは変わらず、冷たい視線をぼくに向けた。
「君にも、君にしか見えないものがあるだろう」
「そんなもの、無いっす。ぼくにも、ぼくを助けてくれる何かが、見えてたら良かったっす」
「ならば、自分に出来ることをするんだな」
前に天使さまが、オニオンさんは現実的な人だ、と言っていたことがあった。
確かに、その通りかもしれない。今ぼくに出来ることは、何だろう。
ガラスのバラが見つからないのなら。次に探すべきなのは。
「それならぼく、王都に行くっす」
あの人に会いにいくしかない。
天使さまのことを、話すしかない。
それをするには、ぼくはいろんなものを、投げ捨てなければならなくなる。
それでもいいんだと、ぼくは決めた。
「あ、でも。どうやって王都に行けばいいんっすかね?」
「また迷子になるつもりか? 送ってやるからじっとしていろ」
言葉は冷たいのに、どうにも面倒見がいい。
オニオンさん、本当はやさしい人なのかもしれない。