ぼくはガラスのバラになりたい

「何故、私がこんなことをしなければならないのだ」

心底めんどくさそうな低い声。いったい、誰の声だろう。
聞いたことがある気がするが、思い出せない。

恐る恐る、目を開けてみる。
見たことが無い天井。見たことが無い豪華な部屋。ぼくがいるのは、白くてやわらかなベッドだ。
ここはどこだろう。

「仕方がないから助けただけだ。ん、何だ、後ろを見ろ?」

部屋の窓際に、黒い影が一つ。
誰かと喋っているようだが、その人以外には、誰も見当たらない。
ぼくの方を振り向いた黒い影が、近づいてきた。

「気が付いたのか」

真っ黒なスーツの男性。特徴的なシルクハット。
そうだ、ぼくはこの人を知っている。

「えーっと、もしかして、オニオンさん?」

思い出した。天使さまのいるマルシェが戦っていた、ライバル企業のオニオンさんだ。

「君は、マルシェの一員だった子供だな。あんな森の中で何をしていた」
「ぼくは、ガラスのバラを探していてたっす。そうしたら、どこにいるのか分からなくなったっす」
「ただの迷子か」

思わずびくりと身体が震えた。
以前は、目が覚めたら天使さまに出会えたが、今は悪魔に出会ったような気分だ。
けれども、助けてくれたのなら悪い人ではないはずだ。
ぼくはこわごわと尋ねてみた。

「どうして、ぼくを助けてくれたっす?」
「『君を助けろ』とうるさく言うやつがいた。今もあれこれ騒いでいてやかましい」

どういうことだろうか。ここには、ぼくたちの他に誰かが居るのだろうか。

「あの、オニオンさんには、何か見えないものが見えているんっすか?」
「さあな。勘違いでは?」

深いため息をつかれた。苛立った視線が、聞くな、と言外に語っている。

「だったら、ガラスのバラをお願いしてほしいっす! もしかしたら、叶えてくれるかもしれないっす!」

聞かれたくない、と分かっていたけれども、気づけばぼくはオニオンさんに期待の視線を向けていた。
しばらく無言だったが、ぼくが諦めるつもりが無い、と悟ったのか、しぶしぶと口を開いた。

「何か居たとしても、それは私にしか見えないものだ」
「じゃあオニオンさんがお願いしたら、聞いてくれるっすか?」
「出来るのなら、そうしている」

オニオンさんにしか見えない何かでも、無理だ、ということなのだろうか。
ようやく希望が見えた、と思ったのに。ぼくは思わずしょげ返ってしまう。
オニオンさんは変わらず、冷たい視線をぼくに向けた。

「君にも、君にしか見えないものがあるだろう」
「そんなもの、無いっす。ぼくにも、ぼくを助けてくれる何かが、見えてたら良かったっす」
「ならば、自分に出来ることをするんだな」

前に天使さまが、オニオンさんは現実的な人だ、と言っていたことがあった。
確かに、その通りかもしれない。今ぼくに出来ることは、何だろう。
ガラスのバラが見つからないのなら。次に探すべきなのは。

「それならぼく、王都に行くっす」

あの人に会いにいくしかない。
天使さまのことを、話すしかない。
それをするには、ぼくはいろんなものを、投げ捨てなければならなくなる。
それでもいいんだと、ぼくは決めた。

「あ、でも。どうやって王都に行けばいいんっすかね?」
「また迷子になるつもりか? 送ってやるからじっとしていろ」

言葉は冷たいのに、どうにも面倒見がいい。
オニオンさん、本当はやさしい人なのかもしれない。